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最高裁判所第二小法廷 昭和44年(オ)812号 判決 1970年6月19日

上告人

三谷長蔵

代理人

芹沢孝雄

相磯まつ江

被上告人

大和運輸株式会社

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人芹沢孝雄、同相磯まつ江の上告理由第一点について。

按ずるに、本件記録によれば、上告人は、第一審において、本件不法行為に基づく損害のうち、慰藉料金五〇万円の賠償および遅延損害金を請求し、そのうち金二〇万円に関する部分が認容され、その余が棄却されたので、控訴を申し立て、控訴審においては、慰藉料として金二〇〇万円(第一審で認容された金二〇万円を含む)、弁護士費用として金三〇万円、右合計金二三〇万円の損害賠償請求権がある旨主張し、右金員およびこれに対する本件事故発生当日である昭和三五年九月二一日以降の遅延損害金の支払を請求したこと、および右請求拡張の経過として、上告人は、まず、昭和四二年九月二一日原審に提出した準備書面において、後記契約に基づく弁護士費用として、従前主張の慰藉料金五〇万円の一割五分に相当する金七万五〇〇〇円の賠償を求める旨主張し、ついで、昭和四三年五月二三日原審に提出した準備書面において、従前主張していた慰藉料金五〇万円に金一五〇万円を追加して合計金二〇〇万円とし、これに伴い弁護士費用の額を金三〇万円と主張して、それぞれ右金員を請求したことが認められる。

そして、上告人の主張によれば、上告人は、昭和三六年一〇月頃弁護士に本訴の提起を委任した際、成功時に成功額の一割五分の割合による報酬金を支払う旨約したというのであるが、かように、上告人が、弁護士に本訴の提起を委任し、前述のような成功報酬に関する契約を締結した場合には、右契約の時をもつて、上告人が、民法七二四条にいわゆる損害を知つた時に当たるものと解するについて、妨げはないというべきである。けだし、同条が、不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効が進行をはじめるためには、不法行為によつて損害が生じ、被害者にその賠償請求権が発生したのみでは足りず、これに加えて、被害者が右損害および加害者を知つたことを要するとしたのは、客観的には不法行為により損害賠償請求権が発生したとしても、直ちに被害者が損害の発生および加害者を知りえないため、右請求権を行使することができない場合があることを考慮したためと解されるが、前述のように、上告人は、本件不法行為による損害の賠償を請求する目的ですでに弁護士に訴訟を委任し、同弁護士と前記成功報酬に関する契約を締結したのであるから、上告人としては、右訴訟を追行し、その主張する損害賠償請求権が認められて勝訴した暁には、弁護士に対し右約定による成功報酬を支払わなければならないこと、換言すれば、本件不法行為によつてこの種の損害の発生したことを、右契約の時に知つたものというに足りるのであり、この場合、右損害の額が確定していること、あるいは上告人が弁護士に対し現実に報酬を支払つたことは必要でないと解されるからである。

そうすると、かりに、所論弁護士費用金七万五〇〇〇円が本件不法行為によつて生じた損害であるとして、その賠償請求権が認められるとしても、原審が、上告人の主張による弁護士に本訴提起を委任し報酬金の支払を約した時である昭和三六年一〇月頃から起算して、上告人の原判示請求拡張の時にはすでに三年の時効期間が経過しており、したがつて上告人の右損害賠償請求権は、時効により消滅したものである旨判示した点に、所論の違法はないというべきである。論旨は、採用することができない。

同第二点について。

本件記録によれば、原審における昭和四三年一〇月一日の口頭弁論期日において、上告人が、従来、弁護士費用の損害賠償として金七万五〇〇〇円を請求していたのを訂正して、金三〇万円の支払を求める旨陳述したのに対し、被上告人が、三年の消滅時効を援用したものと認めるに足りるから、所論金七万五〇〇〇円の請求部分に対しても消滅時効の援用がなされたというべきである。原判決に所論の違法はなく、論旨は、採ることができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(草鹿浅之介 城戸芳彦 色川幸太郎 村上朝一)

上告代理人の上告理由

第一点 原判決は、判決に理由を附さない違法があるから破毀さるべきである。

原判決は、上告人が被上告人に対し弁護士費用を請求したのについて、「第一審原告等が弁護士費用をも本件事故による損害に加えその各請求を拡張する準備書面を当裁判所に提出した日が、昭和四二年九月二一日であることは記録上明らかであり、その主張による弁護士に本訴提起を委任し、報酬金の支払を約した時である昭和三六年一〇月頃から起算しても右請求拡張の時にはすでに三年の時効期間が経過しており、従って第一審原告等の弁護士費用の損害賠償請求権は時効により消滅したものといわざるを得ない」と判示する。

右弁護士費用は、弁護士が委任事務を処理したことに因り依頼者が弁護士に対し支払う報酬であつて、右報酬は弁護士が委任事務の履行の後に至つてはじめて依頼者に対し請求し得るものである。(民法第六四八条)従つて弁護士報酬契約は、期限付契約であり委任事務を処理することが効力発生要件であつて委任事務を処理しない限り効力が発生しない。

弁護士が依頼者との間で弁護士報酬契約を締結したとしてもそれは委任契約に於ける報酬支払の特約であつて、委任契約を構成する一内容にすぎず、委任契約とは別個な独立の契約ではない。

本件に於いて上告代理人等は上告人から被上告人に対する本件損害請求訴訟事件の訴訟行為の委任をうけ、昭和三六年一〇月頃上告人との間で、成功時に成功額の一割五分に相当する報酬を支払う旨約したが、右報酬支払の特約は右訴訟行為を処理した上で効力が生じ、上告代理人等はその段階に至つてはじめて上告人に対して右報酬を請求し得るにすぎない。上告代理人等は右報酬支払の特約がなされた昭和三六年一〇月頃上告人に対し右報酬を請求し得る権利を取得したのではなく、右権利は飽くまで期限附の権利であつて訴訟行為を処理しなければ効力を生じないから右報酬を請求することができない。又上告人は上告代理人等が訴訟行為を完了し、成功した暁に上告代理人等に対し右報酬を支払えば足り、右報酬を支払つた時右報酬額相当の損害を蒙るのである。上告人としては上告代理人等との間で前記報酬契約を締結したが、上告代理人等が委任事務たる上告人のための訴訟行為をなさず放てきした場合には右契約が存在しても報酬を支払うべき義務がないことからも、上告人の蒙る損害は上告人が上告代理人等に対し現実に報酬を支払つた時点で発生するものとみるのが至当である。

而して上告人は、昭和四四年六月二八日上告代理人等に対し成功報酬として金七万五千円を支払つた。それ故上告人は、被上告人が上告人に対し任意に損害賠償義務を履行しないため、上告代理人等に対し訴訟を委任せざるを得なくなり、その結果右の額の損害を蒙つた。

上告人は右訴訟の結果右の損害を蒙つたので被上告人に対し、はじめて損害賠償請求権を取得した。従つて上告人の被上告人に対する弁護士費用の損害賠償請求権は、その発生したときから時効期間を経過していないので、時効によつて消滅しない。

尚上告人が本訴に於いて被上告人等に対する弁護士費用の損害賠償を求めたのは、上告人に於いて上告代理人等に弁護士報酬を支払い同額の損害を蒙つても被上告人がその際上告人に対し到底右損害賠償義務を履行しないことが明らかであるので履行期にその履行を求めるため将来の給付の訴によつたものである。

しかるに原判決は委任契約と報酬支払の特約との関係、報酬支払の時期弁護士費用の訴の性質について何等説示していないので理由不備のそしりを免れない。

よつて原判決は破毀さるべきである。

第二点<省略>

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